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2020年の山手線新駅・高輪ゲートウェイの開業から、2025年に車両基地跡地を「TAKANAWA GATEWAY CITY」として都市開幕させる一連の展開は、JR東日本が不動産で鉄道収益の課題を補う典型例であると同時に、大規模再開発における制度、住民の意向、考古学的保存との間に存在する葛藤を浮き彫りにした。
事例回顧:構想から2025年の高輪Gatewayシティ
高輪Gateway再開発はJR東日本が主導し、品川駅北側の旧田町車両基地約9.5ヘクタールを、オフィス、商業、ホテル、文化施設、住宅が一体となる新たな都市空間へと再編するプロジェクトである。本計画は2014年6月に初めて提示され、田町駅と品川駅の間に新駅を新設して周辺を開発する方針が示された。数年にわたる計画検討を経て、2018年に都市計画の審議が始まり、2019年4月に東京都は品川開発プロジェクト(第I期)の都市計画を正式に認可した。
2020年3月14日、山手線で49年ぶりとなる新駅、高輪ゲートウェイ駅が開業した。駅の整備はその後の都市開発の基盤を築いた。駅舎の運用開始に伴い、JR東日本は既存の車両基地機能を整理・縮小し、広大な土地を開発用に提供した。2023年5月には新街区の名称を「TAKANAWA GATEWAY CITY(高輪Gatewayシティ)」と発表し、「Global Gateway(グローバル・ゲートウェイ)」を開発コンセプトに掲げ、「百年先を見据えた心豊かな生活の実験場」を標榜した。設計は高輪地域の歴史的背景(江戸時代の玄関口や明治期の日本初の鉄道基地など)と羽田空港に近接する立地優位性を融合させ、国際交流とイノベーションの都市核を目指すものだ。

数年にわたる整備の末、2025年3月27日に高輪Gatewayシティの「まちびらき(開街式)」が行われた。開街時に先行開業したのは駅正面の超高層複合ビル「THE LINKPILLAR 1」のタワー(北塔・南塔の双子塔のうち一棟)で、これに併せて駅に新設された南側改札や線路をまたぐ幅11メートルの歩行者デッキが東側の芝浦地区へ接続し、駅の東西の回遊性は大幅に改善された。まちびらき時点では、複合タワーの一部オフィスフロア、商業施設、会議センターが順次稼働し、JWマリオットホテルは2025年10月2日に正式開業した。JR東日本と協業するLumineによる大型商業施設「NEWoMan高輪」は2025年9月12日にグランドオープンし、約180店舗を集積、Lumineグループでも最大級の商業施設となった。

計画によれば、2025年度内(2026年3月末まで)に残る主要施設が竣工し、順次供用開始される見込みである。これにはもう一棟の超高層タワー「THE LINKPILLAR 2」、文化創造施設「MON Takanawa: The Museum of Narratives(ナラティブ博物館)」、および高級レジデンス「TAKANAWA GATEWAY CITY RESIDENCE」が含まれる。文化施設は2026年3月28日に一般公開予定、住宅棟は2026年春の入居開始を目指している。第I期の開発完了とともに高輪Gatewayシティは全面開業となる予定で、用地南端には将来の第II期拡張のための用地が留保されており、今後もエリアの発展余地は残されている。

推進過程での衝突と課題
高輪Gatewayプロジェクトは注目を集めた一方で、推進の過程では多岐にわたる衝突と課題に直面し、関係者間の調整が求められた。
地域の意見と駅名を巡る論争
新駅名「高輪ゲートウェイ」は当初から論争を呼んだ。2018年にJR東日本が公募した際、「高輪」「芝浦」といった伝統的な地名への支持が高く、カタカナの“Gateway”を含む名称は36票にとどまり130位に位置していた。それでもJR東日本は高輪Gatewayの採用を決定し、公募が形骸化していると批判された。学者や作家らによる請願では約4万筆が集まり、2019年3月に駅名撤回を求める署名が提出された。反対側は、新名称は地域の歴史性への配慮を欠き、「不自然な英語の貼り合わせ」に見えると主張した。最終的にJRは駅名を変更しなかったが、この事件は地域住民の伝統や地域アイデンティティに対する感度の高さを示し、以降の広報では「高輪」の歴史性や継承を強調する対応が取られた。

歴史遺構の発見と保存
2019年、駅前の建設用地から高輪築堤の遺構が発掘された。これは明治期に築かれ、日本最初期の鉄道(新橋〜横浜)に関連する石造の護堤であり、極めて高い史料的価値を有する。遺構の出土は文化財保護当局や世論の強い関心を引き、当時の首相・菅義偉も現地を視察し、適切な保存を要請した。JR東日本は貴重な駅前用地を開発に活用したいという事情と保存要請の板挟みとなった。協議の結果、妥協案として築堤の一部を現地で保存・展示し、残りを移設保存や資料保存で対応することになった。現在、計画には遺構を鑑賞できる空間が組み込まれ、歴史保存と新街区の魅力創出の両立を図っている。

交通の統合とインフラ連結
高輪Gatewayシティは鉄道線と既存の都市道路網に挟まれた立地にあり、新街区と周辺交通システムをどう接続するかが重要課題だった。対応策として、駅内に南側出入口を新設し、線路をまたぐ歩行者デッキを整備して東側の芝浦エリアと直結させ、歩行時のアクセス性を高めた。また隣接する泉岳寺駅前再開発と接続するためのスペースを確保し、高輪Gatewayから泉岳寺駅への連絡デッキ(ペデストリアンデッキ)の整備余地を残すことで駅間のスムーズな乗換えを想定した。道路面では、商業施設の集中に伴う貨物車のピークを回避するため、JR東日本は平和島に外部物流中継拠点を設置し、各テナントの物資を場外で集約してから、燃料電池トラックによる約6kmの輸送で高輪Gatewayへ「フェリー」する物流モデルを導入した。この方式は大量トラックの同時集中を避け、配送効率と周辺交通の負荷軽減を図る先進的な試みとして評価されている。こうした施策により、物理的な隔たりやボトルネックの解消に努め、新旧街区の融合を促進している。
テナント誘致と運営プレッシャー
大型複合施設の商業運営の成否はプロジェクト全体の評価を左右する。高輪Gatewayは港区の好立地にあるものの、周辺に成熟した商業圏が存在しなかったため、人の流れはゼロから作り上げる必要があった。東京の他の再開発事例を見ると、例えば渋谷サクラステージは渋谷駅直結を謳いながらも特色あるテナントや集客導線が不足し開業後に客足が伸び悩んだ例がある。また、2023年開業の羽田エアポートガーデン商業施設も来訪者不足が指摘された。

前例を踏まえ、JR東日本は高輪Gatewayにおける「失敗許されない」状況を重く受け止め、誘致段階で以下のような戦略を取った。まずオフィスタワーには大手通信企業KDDIの本社移転を早期に確約させ、安定した通勤需要を確保した。ホテルはマリオットと連携し、東京初の高級ブランドJWマリオットを導入して国際的な集客力を高めた。商業運営は経験豊富なLumineが担当し、新設のNEWoMan高輪を「洗練されたライフスタイル」を志向する場として位置づけ、高級飲食やファッション、体験型の業態を導入した。空中テラスレストラン「Luftbaum」や子育てに配慮した「こもれびら」など特徴的なスペースも設け、都内他施設との機能重複を避ける差別化を図った。
開業プロモーションも入念で、駅開業後からDJイベント等で周辺へ流入を喚起し話題を継続させた。正式なまちびらきの150日前には経営陣が記者会見を開き、プロジェクトの見どころを前倒しで発信した。これらの施策が奏功し、初期の注目を集めることには成功したが、業界筋の指摘どおり、長期的な繁栄は一時的な話題性ではなく、持続的な運営によって判断される。高輪Gatewayは今後も継続的な価値創造が求められる。

投資視点から見た地域価値と都市機能の展望
東京中心部における近年最大級の再開発の一つとして、高輪Gatewayシティの完成は地域発展と投資価値に長期的な影響を与える。中長期の投資観点からは以下のような評価が可能である。
立地の格上げとハブ価値の顕在化:
品川・高輪地域はもともと東京南部の重要な交通結節点であり、新幹線、JR環状線、京急電鉄などが交差する。高輪Gatewayの完成により「グローバル・ゲートウェイ」としての地位はさらに強化されるだろう。一方で、新たなオフィスや会議施設は国際企業や学会・展示会の誘致を促し、羽田空港の近接性と相まって高付加価値のビジネス需要を喚起する。さらに高輪Gateway駅から歩行デッキで地下鉄泉岳寺駅と接続される計画や、東海道新幹線の品川新駅整備や中央新幹線(リニア)計画など、周辺の鉄道ネットワーク強化が進めばハブとしての機能は一段と向上する。
港区の不動産投資にとっては地域の魅力と地価の上昇が期待される。歴史的には大規模ランドマークが周辺の資産価値を押し上げる効果が見られる。例えば六本木ヒルズ開業後の5年で周辺地価が上昇し、長期的には17年間で累計165%の上昇を示した。高輪Gatewayは同様の効果を生み得る可能性があり、JR東日本は「グレーター品川(大品川圏)」のコンセプトを掲げ、系列の複数プロジェクトを通じて毎年1000億円規模の新たな収益柱を目指すと表明している。これは地域投資価値にとって明確な追い風となる。
Urbalyticsのデータを通じてUrbalyticsで見ると、高輪周辺の2020年以降の新築マンションは3年で価格が124%上昇し、ほぼ倍増しています。

都市機能の質的向上:
高輪Gatewayの再開発は単なる建物の追加にとどまらず、都市機能のシステム的な強化をもたらす。都市デザイン面では、従来は鉄道用地によって分断されていた東側の海沿いの芝浦地区と西側の高輪地区を有機的に接続し、歩行者デッキや道路連結により街区の連続性と到達性が大幅に向上した。これにより周辺住民の利便性が改善され、商業活動の範囲も拡大する。産業構造の観点では、高輪Gatewayが高付加価値サービス業(フィンテック、通信研究開発等)や国際教育・研究資源を誘致することで、地域内の機能的空白を埋め、産業の多様化を促す。こうした「産業と都市の融合(産城融合)」は、地域の耐リスク性と持続的成長力を高める効果が期待される。
文化面では、ナラティブ博物館や多目的会議センター、公園歩道などが新たな公共空間と文化体験を提供し、従来の品川駅周辺に不足していた文化的機能を補完する。特に高輪築堤遺跡公園は歴史的文脈を保存しつつ地域の教育・観光資源に転換されることで、都市の人文的価値を高めるだろう。運営面で導入が試みられているスマートシティシステム(都市OS、デジタルツイン)が有効に機能すれば、他エリアへの横展開も期待でき、都市ガバナンスの向上につながる。これらの機能的な向上は最終的に地域価値に反映され、機能が整い活力が多様化した街区は投資家や高スキル人材をより強く惹きつけることになる。
今後の展望:制度改革の方向性と市場動向
総括すると、高輪Gateway再開発は戦略的意義と革新的実践を併せ持ち、その成功は東京の都市更新にとって大きな模範となる。投資家の観点では、立地の希少性、交通結節点としての地位、複合機能の優位性が重なり、長期的な資産価値の上昇が期待される。ただし、投資収益の実現はプロジェクト運営チームによる課題対応能力に依存する。共創、スマート、開かれた運営方針を継続できれば、高輪Gatewayは単なる超高層群に留まらず生命力ある新たな都市中核へと成長する可能性が高い。今後5〜10年で第II期開発が進展し、プロジェクトが成熟するにつれて、地域の都市機能と資産価値はさらに向上すると見られる。日本の都市更新や不動産投資に関心を持つ関係者にとって、長期的に注視・分析すべき事例である。
もちろん投資家は現実的に認識すべきである。高輪Gatewayのリターンは短期の博打ではなく長距離走であり、新都市が成熟するには通常10〜25年を要するというのが業界の共通認識である。初期の熱狂が収まった後に繁栄を維持できるかどうかは、マクロ経済の動向、東京都の都市政策、そしてプロジェクト自身の運営管理に大きく左右される。例えば、日本の経済は低成長・高齢化傾向が続く中でオフィス需要の構造的な増加は限定的かもしれず、中期的にはオフィスの賃借競争が激化する可能性がある。商業面でも、八重洲や築地など都内他エリアの再開発と競合する局面が生じるだろう。運営側には新鮮なコンテンツの継続的導入が求められる。
幸いにも、JR東日本は本件を社運を賭けたプロジェクトと位置づけ、資源投入を惜しまない姿勢を示しているため、マーケティングやテナント誘致面での継続的支援は期待できる。港区や東京都も国際競争力強化を期待しており、税制優遇や誘致施策などの公的支援が継続する可能性がある。

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参考資料:
https://tetsudo-ch.com/12925313.html 高輪ゲートウェイ駅前の開発進捗(2024年1月版①) JR東日本・品川開発プロジェクト「TAKANAWA GATEWAY CITY」
麻布台ヒルズ、渋谷サクラステージの課題から学ぶ? NEWoMan高輪に関する報道(楽待新聞)https://finance.yahoo.co.jp/news/detail/1d8e9ac24a38354e040913e685df3b204a6083b3
高輪GW再開発、25年3月27日にまちびらき 関連報道記事 https://www.tokyo-takken.or.jp/re-port/77179
麻布台ヒルズのテナント不足の原因と森ビルの対策に関する解説記事 https://topicsjapan.com/social/azabudaihillsmoribill/
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