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区分所有法改正は、議決の分母を「全区分所有者」から「出席者」に切り替え、東京に多い築40年以上の区分マンションに初めて現実的な再生ルートを開いた。
過去20年、日本の老朽マンションで最大の課題は資金不足ではなく、意思決定不能だった。築40年の区分所有建物には、連絡不能の区分所有者や既に逝去した方が数戸、購入後は姿を見せない投資家も相当数含まれるのが通例だ。
旧法では彼らも賛成率の分母に算入され、欠席は実質的に反対票と同義だった。その結果、重大な決議を要するほど老朽化が進んだ物件ほど、意思決定に必要な人数が揃わない。
2026年4月1日に施行された区分所有法改正は、この「結び目」を断つためのものだ。東京の区分マンションを保有する海外投資家にとって、今回変わるのは税率ではなく、資産のエグジット手段である。
1. なぜ今か――148万戸という時間的プレッシャー

国土交通省の推計は無視できない数字を示す。築40年以上の分譲マンションは、2024年末時点で約148万戸、全国ストック713.1万戸の約2割に達する。
注目すべきは増加の勾配だ。同推計では10年後に約293万戸、20年後に約483万戸と、現在の約3.3倍に達する。つまり日本は10年ごとに、現在と同規模の老朽マンション群をもう一つ抱えることになる。
老化のもう半分は人に起きている。居住者の高齢化に伴い、管理組合の総会出席率は低下を続ける。健康上の理由、転居、所在不明、相続未了――いずれも実際に意思表示できる人数を削っていく。
法務省は立法趣旨で、これを「二つの老化」――建物の高経年化と所有者の高齢化――と呼んだ。先送りがデフォルトとなり、先送りは資産価値を複利で蝕んでいく。
2. 何が変わったか――三つの緩和、そのうち一つが要
法改正のタイムラインは長くない。改正法(令和7年法律第47号)は2025年5月23日に成立、同月30日に公布され、このうち区分所有法および被災区分所有建物の再建等に関する特別措置法の改正部分が2026年4月1日から施行された。
一つ目の緩和は共用部分の変更に関するものだ。従来、賛成率の分母は全区分所有者だったが、改正後は総会出席者に変わる。人数・議決権の双方で過半数出席という定足数を満たせば、修繕・改良系の議案は沈黙する欠席者に阻まれにくくなる。
ここでの定足数が重要な前提だ。総会自体が人数・議決権の双方で過半数に達しなければ、分母を出席者に替えても意味がない。言い換えれば、ハードルは「全体動員」から半数動員へと下げられた。
二つ目の緩和は建替え決議だ。建物が「耐震性不足」「火災安全性の不足」「周辺に危険を及ぼすおそれ」「衛生上の有害性」「バリアフリー基準不適合」のいずれかに該当する認定を受けた場合、建替え決議要件は五分の四から四分の三へと引き下げられる。
三つ目の緩和は「所在不明者」への対応だ。身元または所在が不明な区分所有者は、裁判所の認定を経て賛成率の分母から除外できる。
立法趣旨では、除外対象となり得る類型を明示している。
その一、純粋な投資目的で購入し、管理業務に無関心で長期にわたり出席も回答もしない所有者。
その二、既に当該建物から転出し、登記上の住所と実際の居所が乖離して通知が届かない元所有者。
その三、既に死亡しているが相続登記が未了で、権利帰属が法的に確定していない持分。
3. 歴史軸で見る――第4の構造的メンテナンス

今回の改正を縦軸に置けば、その重みが明確になる。区分所有法本体は1962年(昭和37年法律第69号)に制定された。当時、日本の分譲マンションは黎明期で、法律が想定していたのは新築の場面であり、60年後の処分難までは十分に織り込まれていなかった。
その後の改正は概ね同じ筋道――「どう管理するか」を先に、「どう修繕するか」を後に――で進んできた。今回は初めて「どう退出するか」を本流に据え、建替え・一括売却と日常管理を同一法の中で接続した。
併せて注目すべきは改正の形式だ。今回は区分所有法単体ではなく、被災区分所有建物の再建等に関する特別措置法、マンションの管理の適正化の推進に関する法律、マンションの建替えの円滑化等に関する法律を束ねて一括改正している。
こうしたパッケージ改正は日本の不動産法制では一般的ではなく、もはや段階的対応では間に合わないと立法府が判断した表れだ。
横を見ると、ハードル調整は日本だけではない。シンガポールの集団売却(en bloc)制度は、築10年以上の案件で80%、10年未満で90%の同意を要件としている。進行中の法改正案では、築40年以上を70%、築60年以上を65%に引き下げる方向だ。
両市場の方向性は一致している。築年数が大きいほど、社会は更新スピードのために同意要件を下げる。日本は今回、特定要件下の建替え要件を四分の三(75%)に下げたが、耐震性などの客観認定条件を付している分、実のところ弾力性は小さい。
4. 投資家にとっての意味――東京・中野駅圏の実データ

抽象的な条文は相場に落としてこそ意味がある。東京・中野駅圏を例に取ると、Urbalyticsのプラットフォームデータでは、同圏の一棟収益物件の表面利回り(グロス)の中央値は約4.63%、平均約4.91%。サンプル122件、平均価格は約2.58億円だ。
分布の端を見ると傾向はさらに鮮明だ。最高レンジは15.67%に達し、主に1965~1971年前後竣工の老朽物件が該当する。一方の最低レンジは0.65%。同一駅圏内でも、築年が利回り格差を3倍超に拡大している。
個別例では、プラットフォームのサンプルにおいて、中野区上高田二丁目の1965年竣工一棟は価格2,980万円・表面利回り約9.90%。中野区中野三丁目の1968年竣工・建物面積345㎡の一棟は1.4億円・利回り約7.10%となっている。
この手の物件の高利回りは、本質的には「建物寿命が末期に近く、価値のほぼ全てが土地に帰着している」という事実に対する市場の価格付けだ。建替えハードルの緩和は、まさにその土地がいつ、どの手法で再稼働するかを変える。
価格面も動いている。同駅圏の一棟物件の平均坪単価は、2025年Q4の467万円から2026年Q2に387万円へ下落、その後Q3に416万円へ反発したが、累計ではなお約10.9%の下落だ。
Urbalytics インサイト 駅圏の利回り分布と坪単価の四半期推移に築年を重ねてみると、建替え要件が五分の四から四分の三に下がった後に本当にリプライシングされたのは、全ての老朽マンションではなく、耐震性不足の認定と相対的に厚い土地持分の双方を満たす個別案件だ。投資家に必要なのは、法定要件と相場データを同一シートで突き合わせることに尽きる。
投資家タイプによって、今回改正の意味合いは異なる。
その一、区分マンション1戸を保有する個人投資家にとっては、受動的に退出させられるリスクが上昇する。従来は沈黙で建替えを引き延ばせたが、今や欠席は発言権の放棄に等しい。
その二、法人・機関投資家にとっての機会は取得サイドにある。築40年超、耐震性に疑義があるが土地持分が厚い案件では、建替えオプションの価値を初めて合理的にプライシングできる。
その三、短期転売型のオペレーターにとっては変化は最小だ。プロセスが加速しても、提案から着工までは年単位で、1~2年の資金サイクルには適さない。
リスク提示 ハードル低下は建替えの容易化と同義ではない。四分の三要件は、建物が耐震性不足等の特定事由に該当する場合にのみ適用され、通常の老朽マンションは引き続き五分の四が必要だ。建替え決議可決後も、出資力に乏しい所有者の退出手当や補償金算定は実務上のボトルネックになりやすい。海外保有者が長期にわたり無回答・不出席であれば、裁判所の所在不明認定がなくとも、実務交渉で交渉力を失う恐れがある。
5. 今後の展望

合理的に見れば、施行後の最初の2~3年で建替えラッシュが直ちに起きることはない。法務省と国土交通省は2025年下半期に全国47都道府県で説明会を集中的に実施しており、実務の消化はこれからが本番であることを物語る。
より現実的な道筋はレイヤー別の進行だ。まず修繕・改良系の議案が明確にスピードアップし、その後、条件の整った個別案件がフルプロセスを走り、最終的に再現可能なテンプレートが沈殿する。本格的な分水嶺は2028年前後になる公算が大きい。
海外保有者にとって今すべきは政策の次手を占うことではなく、自身の保有戸の基本ファクトを整えることだ。登記住所は送達可能か、管理組合の連絡先は有効か、当該建物の築年と耐震評価はどのポジションか。
併せて二点、先行して確認したい。第一に、当該建物が耐震診断を済ませているか、その結果はどうか。これは四分の三要件の適用可否を左右する。第二に、管理組合の直近3年の総会出席率と長期修繕計画の積立残高である。
これらはかつては事務的な瑣事に見えたかもしれないが、今やあなたの一票が有効かどうかを直接左右する。特定の建物が駅圏内でどのポジションにあるのか――利回りの分位、坪単価のトレンド、周辺の成約サンプル――は、Urbalyticsの駅圏データでワンビュー比較が可能だ。
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参考資料
1. @DIME(Yahoo!ニュース), 2026, 「4月に施行された『区分所有法』改正によるマンション管理への影響は?」, https://news.yahoo.co.jp/articles/ea012e7e1ab0d29a6f45530cd7488b7f0ec550ac
2. 法務省民事局, 2026, 「老朽化マンション等の管理及び再生の円滑化等を図るための建物の区分所有等に関する法律等の一部を改正する法律について」(令和7年法律第47号), https://www.moj.go.jp/MINJI/minji07_00375.html
3. 国土交通省, 2026, 「マンションに関する統計・データ等(築40年以上の分譲マンション数)」, https://www.mlit.go.jp/jutakukentiku/house/jutakukentiku_house_tk5_000058.html
4. The Straits Times / Channel NewsAsia, 2026, 「Lower en bloc thresholds to address costs of maintaining old properties」, https://www.straitstimes.com/singapore/politics/lower-en-bloc-thresholds-address-costs-of-maintaining-old-properties-facilitate-renewal-edwin-tong
5. Urbalytics プラットフォームデータ(中野駅圏 一棟利回り・坪単価統計、2026年9月取得), https://www.urbalytics.jp/market
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