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2025年7月、東京都千代田区は不動産協会に対し、都市開発に関する優遇を受けて建設されたマンションに対して「購入後5年以内の転売禁止」と「同一名義で同一棟内の複数戸購入を禁止する」という2項目の要請を行いました。この動きは市場面と政策面の双方で警鐘を鳴らすものであり、投機や外部資本の流入を抑制しようとする一方で、制度設計や執行の在り方には明確な隙間が残されています。投資家にとっては、リスクの増幅であると同時に、ポートフォリオの再編成を促すシグナルでもあります。

事案の振り返り
千代田区が今回不動産協会に要請した内容の核心は、次の二つの制限項目です:
「総合設計」等の制度や市街地再開発事業で販売される住戸について、購入者は引き渡しを受けた時点を原則として5年間は転売してはならないことを求める;
同一名義で同一建物内の複数戸を購入することを禁止する。
区側が示す理由には、区内の住宅価格上昇、海外からの投機的買いの増加、所有者の不在(居住率の低さ)が管理組合の運営や居住環境に悪影響を及ぼしていることなどが挙げられています。

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注目すべきは、区側の要請がすべての新築マンションに普遍的に適用されるものではなく、容積率や高さ制限の緩和など都市開発上の優遇を受けるプロジェクトに限定されている点です。
この「選択的適用」は、行政的な実行可能性を考慮したものでもあり、政策手段の限界を示しています。
なぜ要請は短期間で効果を発揮しにくいのか
このような急騰環境下であっても、法的・行政的実務の観点からは、こうした要請は主に開発段階で付される契約条項や販売契約の特約によって実現されます。
つまり、行政が開発事業者に対して契約に転売制限を盛り込むよう求めることで公共政策を実現しようとする手法です。開発事業者との交渉においては有効ですが、構造的な問題がいくつか存在します。
第一に、適用範囲の限定性により代替効果が顕著になる点です。要請は容積率の優遇や再開発案件にのみ対象が限られており、これらのプロジェクト数は相対的に限られます。一方で、市場には一般地や既存物件、優遇制度を利用していない住宅が多く存在し、投機資金や買い手は代替先へ流れやすく、全体としての抑制効果は薄れます。
第二に、契約上の拘束力の執行可能性に実務上の問題があります。購入者が海外企業や関連法人、代理名義で取得した場合、真の受益者は即時に特定・追跡することが難しい。引き渡し前に名義上の所有権移転や信託、複層的な持株構造が組まれれば、契約の「5年転売禁止」条項は多法域にまたがる操作の前では実効性を失う可能性があります。同時に、民法と行政法の交錯により、過度な財産権の流通制限は所有権や契約自由の原則と抵触し、司法上の争いを招く恐れもあります。
第三に、執行・監督の境界が未解決です。契約に禁売条項があっても、開発業者や区側が違反者を継続的に監視し、有効な制裁を科す仕組みをどう構築するかは不明確です。不動産登記簿に注記を付すのか、譲渡時に開発業者が買主の適格性を審査するのか——いずれも制度的な裏付けと長期にわたる資源投入が必要です。

要請が示すガバナンス上の困難と投資リスク
都心コアである千代田区等の希少性と立地プレミアムにより、外部資本への依存が市場構造の一部となっています。投機的取得の比率が上がると、実際の居住が希薄になり、管理合意の形成が困難になり、場合によっては日常の管理判断に影響が及ぶ事態が生じます。マンション管理組合における多くの権限は所有者に帰属するため、主たる所有者が不在で代理参加が少なく情報が不透明であれば、長期的な維持や修繕の意思決定が先送りされ、安全性や居住品質が損なわれます。これが二次市場での当該棟の評価に悪影響を与え、悪循環が生じ得ます。
投資家にとって直ちに顕在化するリスクは、まず流動性リスクと政策リスクです。購入に期限付きの禁売条件が付くと、短期的な転売やアービトラージの道が閉ざされ、投資家の流動性コストは上昇します。資金繰りが厳しくなったり、家庭・勤務上の事情(離婚や転勤等)で現金化が必要になった際、強制的に資産を換金する困難とコストは大きくなります。次に、コンプライアンスコストの上昇です。買主の身元や最終受益者を確認するためにより精緻なKYCが必要となり、開発事業者側もより高い履行責任とコストを負担することになります。
こうした政策シグナルを受け、合理的な投資家は機会とリスクが併存する二つの経路を見極めるべきです。短期的には、要請の対象外となる物件が外部資金の受け皿になりやすいため、需給のミスマッチから物件間で差別化が進みます。規制対象となる物件は流動性面でディスカウントされるため、長期保有や自住目的の投資家には相対的に魅力が出る可能性があります。一方、制限のない物件、特に同等の立地だが優遇措置を受けていない物件は投機的需要を引き付け、短期的に強い価格を維持し得ます。中長期的には、行政が「開発上の優遇と引き換えに居住条件の改善」を継続的に進めれば、法的転売制限に伴うプレミアムが発生する可能性が高まります。つまり、制限されない物件の相対的な評価が下がり、制限されるが長期保有に適した物件の価値が上がるという分化です。これは賃料や自用を重視する長期投資戦略にとって機会となります。
市場見通し
今後、千代田区の要請は都心コアにおける投機対策や外資流入抑制の先行実験となる可能性がありますが、これを都内全域や全国に横展開できるかは三つの要素に依存します:法制度上の実行可能性、行政と司法の支援の強さ、そして中央政府レベルでの統一基準の有無です。短期的には、地方自治体は引き続き「開発利益に紐づく手段」を用い、開発事業者に契約上の社会的責任を負わせることで容積の見返りと引換えに流通制限を受け入れさせる方法を採る可能性が高いでしょう。
より根本的な潮流は、透明性と受益者開示制度の強化です。AML(アンチマネーロンダリング)や資本の越境流動監督の強化の下で、不動産は高額かつ回避されやすい資産クラスとして注視されます。将来的に海外法人や個人に対して不動産取引で最終受益者の開示を求める法令やガイドラインが導入されれば、規約回避の余地は大幅に縮小し、監督の実効性が高まります。加えて、税制も政策手段として活用可能です:短期保有の譲渡益課税を強化したり、非居住者に対する固定資産税や取引税の税率を引き上げることは、所有権の流通を直接制限せずに投機を抑制する代替策となり得ます。政策ツールの多様性こそが、試験的な抑制策を恒常化させられるかどうかを左右します。
現在から見通せる政策動向を踏まえ、投資家は期待値と期間管理の見直しを行うべきです。自住や長期保有が目的であれば、制約が付されてもガバナンス・立地・生活利便性が優れる物件を優先することが望ましく、短期的なアービトラージを目的とするなら、政策選択がもたらす流動性リスクを十分に警戒し、ディスカウント幅のバッファを確保する必要があります。
結語
千代田区の今回の要請は、投機的買いに対する警告であると同時に、現行制度の境界を試す試みでもあります。
投資家にとって最も重要なのは、「政策リスク」を資産評価の常時の変数として組み込むことであり、データに基づくデューデリジェンス、段階的な参入、契約面でのリスク移転策を用いて資本と流動性を守ることです。
参考文献
【出典:千代田区役所(千代田区ホームページ),2025,https://www.city.chiyoda.lg.jp/】
【出典:国土交通省「不動産取引価格情報(Web版)WeBLand」,公式データプラットフォーム,https://www.land.mlit.go.jp/webland/】
【出典:国土交通省 都市計画・開発関連説明,総合設計制度と市街地再開発に関する制度説明,https://www.mlit.go.jp/】
【出典:株式会社東京カンテイ(Kantei)市場レポート,東京23区のマンション価格と動向分析,https://www.kantei.co.jp/】
【出典:日本経済新聞(Nikkei)による都心マンション価格と外資動向に関するシリーズ報道,https://www.nikkei.com/】
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