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一都三県では過半のオーナーがすでに賃料を引き上げた。しかし、収益差を本当に分けるのは立地ではなく、賃料を継続的にモニターしているかだ。
日本で一棟賃貸を20年運営してきたオーナーでも、過去2年ほど「賃上げ」を頻繁に議論した時期はないだろう。帝国不動産が2026年7月29日に発表した、一都三県の一棟物オーナー1,000名を対象とする調査は、この体感を明確な数字に置き換えた。過去2年で実際に賃料を引き上げたオーナーは56.7%。賃料が30年近く粘着してきた日本市場において、過半という事実自体が構造的なニュースだ。
ただし本調査を精読し、Urbalyticsの内部データでクロス検証すると、「賃上げ局面到来」以上に投資家が注目すべき点が見えてくる。賃上げ余地のあるエリアと、実際に賃料を上げたオーナーは同じ集団ではない。
インフレが価格決定権をオーナーに戻した
今回の賃上げを理解するには、そのマクロの土台を見る必要がある。日本銀行は2026年7月の「経済・物価情勢の展望」で、生鮮食品を除く消費者物価(CPI)の前年比上昇率が、2026年度後半から2%を明確に上回る水準へ安定的に達すると明記した。インフレが政策目標ではなく既成事実となるなら、長期に粘着する名目価格である賃料が再定価されるのはほぼ必然だ。
このマクロ圧力は、オーナー側では珍しく楽観的な姿勢として表れている。調査では64.6%のオーナーが「賃貸需要の安定を実感している」と回答し、3人に2人の割合だ。さらに示唆的なのは資金の使途で、今後3年で「継続的な修繕・リノベーション」を計画する26.1%、「建替えを検討」8.9%、「新規取得を検討」4.6%——合計で約4割のオーナーが拡張または強化のスタンスにある。
これはクロスボーダー投資家が特に留意すべき点だ。日本の賃貸経営は長らく「縮小するビジネス」と語られてきた——人口減、空室率上昇、賃料は下がる一方。しかし本調査が描く一都三県は、オーナーが引き続き資金を投じる意思を持つ市場だ。

7割3分から4割4分へ:一都三県内部の賃上げ実行力の層別化
真の示唆はエリア別の分解にある。東京都心5区(千代田・中央・港・渋谷・新宿)の賃上げ実行率は73.2%に達し、そのうち23.2%のオーナーが一度に10%以上引き上げた——大幅賃上げの比率としては全エリアで最高だ。
外縁へ行くほど勾配は明瞭だ。東京都市町村部・多摩地区62.2%、千葉県54.7%、東京23区(都心5区除く)54.5%、神奈川県47.5%、埼玉県44.6%。トップとボトムで30ポイント近い差がある。
このカーブをUrbalyticsプラットフォーム上の実際の募集賃料データと重ねると、さらに興味深い。2026年8月時点で、六本木駅徒歩10分圏内の賃貸マンション平均単価は約6,713円/㎡・月、渋谷6,488円、新宿5,582円。一方で大宮3,205円、船橋3,183円と、都心のほぼ半値である。賃料水準の高低は賃上げ実行率の高低と概ね同方向——直感に合致する。
ただし一つ顕著な乖離がある。多摩地区の賃料絶対水準は高くない(立川駅圏で約3,229円/㎡・月と大宮・船橋と同レンジ)にもかかわらず、賃上げ実行率は62.2%で千葉や23区外縁を上回る。賃料水準が低い=賃上げ余地が小さい、とは限らない。逆に、すでに高いエリアでも、次の値上げ余地が自動的に残っているとは限らない。市場ではこの二つが長らく混同されてきた。

Urbalytics インサイト Urbalytics内部データの価値は、まさにこの交差点にある。調査は「何割のオーナーが賃上げしたか」を教えてくれるが、「この水準に天井が残っているか」を示すのは実際の募集・成約サンプルだけだ。rent_stats の㎡単価分布とエリア別の賃上げ意向を並置すれば、投資家は需要に駆動された実質的な値上げと、過去に抑え込まれていた賃料の是正に過ぎない動きを見分けられる。
真の分水嶺:賃料を継続的に見ているのは誰か
エリア分層が本調査の表層的な結論だとすれば、次の数字こそが最も鋭い示唆だ。
実際に賃料を上げたオーナー(有効サンプル563人)では、収益が「改善」した割合が32.1%、「悪化」が18.1%。一方、「よく分からない/すべて管理会社に任せている」と答えたオーナー(有効サンプル40人)では、「改善」はわずか7.5%、「悪化」は25.0%に達した。換言すれば、主体的に賃料をチェックするオーナーは、放任するオーナーに比べて収益改善の確率が約4.3倍高く、悪化の確率は放任側が約1.4倍高い。
調査主体は、この差が賃上げ幅の大小とは無関係であることを特に指摘している。すなわち「大きく上げたから儲かった」のではなく、「賃料を見続けるという行為自体」が収益改善をもたらしている。これは別のデータとも合致する。「賃料交渉はすべて管理会社任せ」と答えた比率は、都心5区で3.6%、23区(都心5区除く)で4.5%と全エリアで最低だった。都心オーナーの高い賃上げ率は、立地だけでなく経営密度にも由来する。
投資ストラクチャーの観点では、このロジックにはもう一層ある。Urbalyticsのデータによれば、一棟収益物件の表面利回りの中央値は、新宿駅圏で約4.31%、蒲田で約5.01%、大宮で約5.56%。都心のエントリー価格には将来の賃料成長がすでに相当程度織り込まれており、投資家が得る当期利回りは薄い。郊外は逆で、当期利回りは高いが、賃上げの確度は明らかに低い。
言い換えると、都心資産は賃料成長でリターンを実現し、郊外資産は当期利回りで実現する——そして本調査が示すのは、前者の実現は自動ではなく、オーナー側の継続的な賃料マネジメントに依存するという事実だ。

リスク注意 本稿で引用する一棟利回りは2026年8月の募集サンプルの中央値であり、大宮駅圏は18件、新宿駅圏は28件と、サンプル数が少なく参考値として扱うべき点に留意されたい。なお新宿のサンプルには募集価格が異常な記録が1件含まれ、算術平均を大きく汚染するため、本稿では一律に中央値を採用している。遠隔保有のクロスボーダー投資家は特に注意してほしい。募集時利回りと実際の手取りネット利回りの間には、空室・管理費・修繕準備金が介在する。
定期借家:認知76.4%、導入意向58.7%——「知っている」と「使う」の間で滞留
では、なぜ4割超のオーナーは賃料を上げられなかったのか。調査が示す答えは需要ではなく、契約形態だ。
「なぜ賃上げできなかったのか」との問いに対し、最多は「普通借家契約のため、更新時に値上げを切り出しにくい」で35.8%。次いで「退去が怖く決断できない」が30.0%。日本の普通借家契約は借主保護が強く、貸主が更新拒絶をするには『正当事由』が必要で、実務上ほぼ不可能に近い。対して定期借家契約は、約定期間満了で自然終了し、双方合意で再契約するため、賃上げ交渉の自然なタイミングが生まれる。
このツール自体はオーナーにとって馴染みがないわけではない。認知は合計76.4%(「よく理解している」35.5%+「概要を理解」40.9%)、導入意向は合計58.7%。ただし回答をクロスすると、二つの実務的な摩擦が見えてくる。
第一に、定期借家が募集賃料を押し下げるとの懸念が根強い。募集時に「やや低下する」と考える人が26.8%、「大きく低下する」が12.2%で合計39.0%。一方「むしろ上げやすい」は8.8%にとどまる。つまり、多くのオーナーは定期借家を、賃料ディスカウントと引き換えに柔軟性を得るスキームと捉え、価格決定のツールとしては認識していない。
第二に、契約形態で足止めされている人ほど導入意向が強い。賃上げの障害として「普通借家」を挙げたオーナー(n=358)では導入意向が77.9%、「退去懸念」を挙げたオーナー(n=300)では82.0%と、いずれも全体の58.7%を大きく上回る。
また、認知と導入意向の相関はほぼ線形だ。「よく理解している」層では78.3%が前向きだが、「理解していない」層では9.2%にとどまる。これは利回りの問題ではなく、典型的な情報ギャップの問題だ。

結語:今回の賃上げは均等には実現しない
三つの層のデータを重ねると、2026年下期の一都三県の賃貸市場は不均一な回復を示している。インフレが統一的なマクロ理由を与え、エリアが差別化された上限を与え、そしてオーナーの経営アクションがその上限にどこまで届くかを決める。
長期保有を志向する投資家にとって、これはデューディリジェンスの重心が移りつつあることを意味する。立地と建物条件は依然として必要条件だが、「当該物件の現在賃料は市場分位のどこにあるか」「契約形態は次回改定の窓を与えているか」「この2年で実際に賃料を動かしたか」という三つの回答が、表面利回りの数字以上に、5年後の実収益を左右し得る。
帝国不動産の木本啓紀社長は本調査へのコメントで、「エリア選定の精度」が賃貸経営の成否を大きく左右していると述べた。付け加えるなら、エリア選定が上限を決め、経営が実現率を決める。
一都三県の一棟収益物件を評価するなら、まずUrbalyticsのエリア賃料と一棟利回りの対比ツールで、対象物件の現行賃料を当該商圏の実分布に戻して確認してほしい——多くの場合、賃上げ余地はその分位差の中に潜んでいる。
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参考資料
- 健美家「賃料を引き上げたオーナー56.7%、都心5区では7割超え【1000人オーナー調査で分かった賃貸経営の実態】」、2026年8月26日、https://www.kenbiya.com/ar/ns/research/chintai_market/10452.html
- 帝国不動産株式会社「一棟賃貸オーナー賃貸経営の実態に関する調査」(一都三県・有効回答1,000名)、2026年7月29日発表
- 日本銀行「経済・物価情勢の展望(2026年7月)」、2026年、https://www.boj.or.jp/mopo/outlook/
- Urbalytics 賃料統計・一棟利回り統計(駅徒歩10〜12分圏、2026年8月時点)、https://www.urbalytics.jp/




